桜井正毅 Maestro-RF (Raised Fingerboard Model) を購入して5年ほど、毎日弾いていたのですが楽器店に試奏に行ったところ衝撃を受けたギターに出会いました。それは誰もが知っている「ヘルマン・ハウザー」。分不相応な楽器とは思いながら、買ってしまいました。その経緯や音について書きたいと思います。
ハウザーIII世購入までの経緯
まずはハウザーIII世購入までの経緯を書きたいと思います。
最初は「なんとなく気になる楽器」
楽器店に試奏に行った際、当初弾こうと思っていたのは主に現代的な楽器でした。
いわゆる音が大きくて、弾きやすくて、今時の音がする楽器です。
そんな楽器をいろいろと試奏したのですが、良くも悪くも使っている桜井RFよりも格段に優れている楽器がなかったというのが正直な感想です。
試奏した楽器にはサイモン・マーティ、ワルター・ヴェレット、マーク・ウシェロヴィッチといったいわゆる大音量系の楽器が含まれます。また、ドミニク・ワースやジョン・レイといった今時の伝統工法の楽器、マヌエル・ベラスケスやレイド・ガルブレイスといった少し前の伝統工法の楽器も試奏しました。
ただ、どれもそれぞれに良い音だとは思ったのですが、桜井RFに比べて圧倒的に優れているとは思えませんでした。誤解がないように書くと、どれも良い楽器です。桜井RFより優れている点も多数あります。ただ、買い換えようという気にはなりませんでした。
そんなときにバロックをよく弾くと店員さんに伝えたところ、ハウザーIII世の楽器が登場。
最初弾いた感想は、地味な楽器というものです。前述の楽器たちはそれぞれ音量が大きかったり、華やかだったり、それぞれにものすごく個性があります。それに対して、ハウザーIII世はものすごく地味でした。
それだけ地味だったら興味を無くしてしまいそうなものですが、なぜか手放せません。弾いていくうちにどんどん楽しくなります。実はこれ、すごい楽器なのでは?という気がしてきましたが、その日は買わずに帰宅。
元々現代的な楽器を弾こうと思っていたので、頭が切り替わらなかったのかもしれません。
夜眠れない時間が1週間続く
帰宅後いろいろなギターを弾いたにもかかわらず、忘れられなかったのはハウザーIII世のみです。
考えれば考えるほど興味が出てきて、調べれば調べるほどもっと弾きたくなった来ました。
そしてそれから1週間、あまり眠れない状態に。もっと弾きたいという気持ちが抑えられなくなってしまいました。
また誤解をされないように書くと、桜井RFはいい楽器であり、さまざまなギターを弾いたことでよりいろいろな表情を引き出せるようになったと思います。
何か別次元の魅力がハウザーIII世にはあるように感じました。
合計5本のハウザーを試奏
ハウザーといってもそれぞれの楽器に個性があるので、いろいろなハウザーを弾いてみました。娘のカトリン・ハウザーを加えて合計5本です。
これだけのハウザーがあるってやはり東京はすごい!と思います。さすがにハウザーI世やハウザーII世は予算的に手が出ないので、ハウザーIII世とカトリン・ハウザーに絞ったにもかかわらずこの本数です。
それぞれがそれぞれにいい楽器でしたが、数が多かったハウザーIII製のセゴビアモデルは音が前に放出されるというよりは内側に凝縮している感じ。音も少し暗めかなと思いました。ただ、すごく魅力的な音です。特に80年代のハウザーIII世はしっかり弾き込まれて枯れており、味わい深かったです。
カトリン・ハウザーは弾き込まれていない個体ということもあり、音が硬い印象でした。ハウザーらしさはありますが、III世のほうが私は好みでした。
そして、最後に試奏してすぐに購入を決断したのが、ハウザーIII世のリョベートモデルです。
ヘルマン・ハウザーIII世 リョベートモデルを購入
このヘルマン・ハウザーIII製 リョベートモデル、他のハウザーとは全然違いました。これしかない、と試奏してすぐに購入したほどのお気に入りです。
張力が低くて弾きやすい
試奏するまでのハウザーの印象(妄想)は、とにかく張力が高くて弾きづらく、なかなか音が出ないというものでした。
ところが、実際に試奏してみるとハウザーIII世はそこまで弾きづらくなく、桜井RFよりも弾きやすかったです。桜井RFは出荷状態での弦高が高く、そのために張力も高いためかもしれませんが…。試奏した他の楽器と比べても弾きやすかったです。
カトリン・ハウザーはちょっと弾きづらかったですが、これは弾き込みの問題かもしれません。
思ったよりも弾きづらくなかったハウザーIII世ですが、リョベートモデルの弾きやすさは別格でした。
スペック的には弦長が645mm、ボディサイズも小さく薄めで抑えやすく抱えやすい楽器であることは確かです。
小さい分軽いです。値段的には気軽に弾けませんが、楽器としてはとにかく気軽に楽しく弾けます。
スペックとは関係なく、触れたら音が出るくらい音が出しやすく、とにかく楽しく弾けます。音も明るく決して生真面目なドイツ製という印象はありません。
これは絶対に買わなくては!ということで桜井RFを下取りに出し、このハウザーIII世リョベートモデルを購入した次第です。
音質的な魅力は「静かな楽器」である点
自宅に持ち帰って弾いたところ、最大の魅力は「静か」である点にあると感じました。
現代的な楽器はとにかく音量が大きく華やかです。軽く弾いても大きい音が出ますし、そこに華やかな色彩感が加わります。
音楽によってはそれでも良いのでしょうが、私がよく弾くバロックや古典、ロマン派の曲は必ずしもそのような音ばかりで良い音楽ではありません。音を大きく、華やかに慣らさなくてはいけないこともありますが、静かな音が必要なときもあります。
そんなとき、ハウザーIII世は思った通りの音が出ます。静かなのに存在感がある音です。
もちろん強く華やかな音も出せますし、弾き手の思いを音にできる楽器といえるのではないでしょうか。
そして音の伸びが良く、複雑に音が絡み合うバロックでも作曲者の意図をしっかり反映できます(自分ができるかはともかく、楽器は)。華やかさがない分、付帯音が少なく音の分離が良いのもよくあっています。
これらの特徴により弾いていて楽しく、疲れにくいです。長く弾いていても飽きませんし、こう弾きたい、ああ弾きたいというアイデアがどんどん出てきます。
例えるなら、最近の楽器は霜降り肉、プレミアムモルツ、大吟醸の日本酒といった感じです。美味しいし華やかだし、パッと弾いてすぐによくわかります。これに対してハウザーは上質な赤身の肉、スーパードライ、本醸造の日本酒といった感じでしょうか。
ちなみに音量が小さいということはありません。十分大きいです。
複雑な和音が団子にならない
ハウザーがバロックに合うといわれる理由の1つが、和音を弾いた際にそれぞれの音が団子にならずしっかり聞こえるという点です。
この特徴は私が購入したハウザーにもしっかりと現れており、たとえばバッハのシャコンヌ冒頭の和音を弾いた際の響きが全然違います。
分離が良い、というと音が細そうに感じるかもしれませんがそんなことはなく、音自体はむしろ太いです。
なんで音が太いのに分離が良いのか不思議ですが、それこそがハウザーが名器と呼ばれる所以なのかもしれませんね。
珍しい「リョベートモデル」
ハウザーIII世のギターにはさまざまなモデルがあります。
- セゴビアモデル:代表的な楽器で、比較的大型のボディ
- ブリームモデル:ブリームが使っていたモデル?ちょっと小さめ
- リョベートモデル:リョベートが使っていたトーレスを参考に設計されたモデルでボディが小型
- ジュビリーモデル:限定版の高級品
このうち、セゴビアモデルはさまざまな楽器店にありますし、ブリームモデルもそこそこ見かけます。ジュビリーモデルは限定品なのでなかなか見かけないのは当然として、リョベートモデルもかなり珍しいようです。
私が購入した店の店主曰く、40年くらい店をやっていてリョベートモデルのハウザーIIIを扱ったのは2本くらいなのだとか。人気がなければもっと市場に出て良いと思うので、製作本数が少ないのでしょうか?
クロージングバーなしの力木仕様
力木を確認したところ、ハウザーらしい7本+ブリッジしたの板という仕様だったのですが、クロージングバーと呼ばれる7本の力木を受け止めるハの字の力木がありません:
現代ギター2011年2月号(No.562)の記事で、ハウザーI世が作ったセゴビアが絶賛し、ただしクロージングバーを取ってくれといわれた、そして結局そのギターはリョベートに渡ったという話が載っていたので、そのギターが「リョベートモデル」の元になっているのかもしれません。
実力を発揮させるには暖機運転が必要
私が購入したハウザーIII世だけでなく、カトリン・ハウザーを含めハウザーの楽器は弾きはじめ直後はいまいち良い音が出ません。
しばらく弾いているとだんだんとエンジンがかかってくる印象です。暖機運転が必要な楽器といえます。
桜井RFは割とすぐに音が出たので、全然違います。これも昔ながらの楽器と現代的な楽器の違いでしょうか。
毎回曲を弾く前に指ならしとともに楽器のご機嫌を伺う必要がありそうです。
プロからもよい音だといわれ、楽器の種類を聞かれるように
このハウザーIII世に変えてからというもの、人前で弾いたときに「きれいな音ですね」といわれることが増えました。
しかもプロからよい音だともいわれるようになり、楽器の種類をよく聞かれます。
そのときに「ハウザーIII世です」というと、ああやっぱり、という反応をもらうのはうれしいような悲しいような…。
楽器に関係なく、あるいは楽器の評判以上にきれいな音を出せるようになりたいものです。
美しいスプルース(松)+ハカランダ仕様
私が購入したハウザーIII世リョベートモデルはラベルの年代が2004年のものです。
ハウザーのラベルに書いてある年は楽器を作り始めた年だといい、完成は1〜2年後です。ちょうど妻と結婚した年に近いのも個人的には嬉しいです。
ヘルマン・ハウザーの魅力はその材料の質の高さにあると言われていますが、私の楽器もため息が出るほど美しいです。
表面板は強烈なベアクローではありませんが、横向きの波模様がしっかり入っており、いい材料であることを伺わせます。
横板や裏板のハカランダも素晴らしいです、がカメラでうまく撮れません…。
ブリッジにはハウザーI世の時代によく見られた貝殻のインレイが入っています。
これが入っていると高級品なのかと思いましたが、店主によるとそういうことはないとのこと。それにしても金色に輝くスプルースの模様が美しい…。
糸巻き(ペグ)はライシェルです。ライシェルは製造をやめたとのことですが、壊れたらほかのに交換なのかな…。壊れづらいのでかなり先になりそうですが、交換部品が残っていることを祈ります。
ライシェルははじめてなのですが、ゴトーなどに比べると硬いです。硬いのですが精度はよく、その分微調整がしやすいと感じました。
本体が小型なので、普通のケースに入れるとブカブカです。このためか、付属のケースは小さめのHISCOXでした。ハードケースですが、これまで使っていた桜井RF専用ケースに比べれば軽い軽い(笑)。
表面板裏にハウザー自身の直筆を発見!
いろいろと確認していたところ、表面板の裏にハウザー自身の直筆を発見しました。
こちらの記事で詳細を書いていますのでご覧ください:
弦の旅はやり直しになりそう
これまで使ってきた桜井RFとヘルマン・ハウザー III世は全く違う、というか真逆の楽器なので、弦の相性も全く違いそうです。
このサイトではこれまで70種類以上の弦をレビューし、相性のいい弦を見極めてきました。
楽器の変更によってまたやり直しになりそうです。まあ、それも楽しいのですが。
ちなみに現在は低音弦がオーガスチンの赤、高音弦がハナバッハの緑で、いい音を出しています。テンション低めの弦のほうが合うのでしょうか。
ヘルマン・ハウザー謹製の弦も気になるところです。
追記:実際にヘルマン・ハウザー弦を張ってみたところ、相性は抜群でした。
万人におすすめとは言えないけど自分にとっては最高の楽器
今回買ったヘルマン・ハウザー III世 リョベートモデルの魅力を書いてきましたが、必ずしも万人におすすめとは言えません。
パッと弾いた印象が地味であるため、短時間の試奏ではその魅力がわからないこともありそうです。
私の場合、桜井RFを5年間弾いてきてその華やかな音が気に入っていたものの、どこか疲れを感じていたのも事実です。
それもあってハウザーが気に入ったのかもしれません。自分にとっては最高の楽器です。店主によるとまだ青い音だそうなので、進化にも期待したいと思います。
現代的な音の楽器に疲れを感じている方はぜひハウザーを試奏してみてください。
私はもう楽器を買い換えることはないでしょう、ってこのセリフは桜井RFを買った時にもいったような(笑)。
追記:ヘルマン・ハウザー2世のギターを買ってしまった
もう楽器を買い換えることはないと書きましたが、ヘルマン・ハウザー2世のギターに出会ってしまいました。
3世のギターはどうしようかと迷っていますが、とりあえず今は委託販売に出しています。場合によっては取り下げるかもしれませんが、興味がある方はぜひ。