クラシックギターに限らず楽器は弾き込むことによって音がよくなるといわれています。世の中には弾き込みを促進するためのグッズも販売されているようです。なぜ弾き込みによって音が変化するのでしょうか?
このサイトのクラシックギターの材料や楽器その物に関する記事は以下の記事でまとめてあります:
よく弾くことで音が変わるといわれているクラシックギター
クラシックギターの世界でよく言われているのが、「買ったときは全然鳴らなかったけど、弾き込んでいたらすごくなるようになった」という話です。
と言いつつも、安い量産楽器楽器が銘器と同じようになるようなものではないようです。
なぜこのようなことが起きるのでしょうか?そして、どのようにすれば良く鳴るようになるのでしょうか?
セルロースの結晶化とヘミセルロースとリグニンの分解が原因?
最も科学的に説明されているのが、木材の中のセルロースの結晶化が進み、一方でヘミセルロースとリグニンが分解されていくため、というものです。
鉄筋コンクリートのような植物の構造
植物の細胞の構造は簡単いうとこんな感じらしいです(東邦大学のHPより):
この図の中の「セルロース微繊維」がセルロースの結晶部分、マトリックスがヘミセルロースやリグニンの部分です。
この構造は、結晶部分が鉄骨、ヘミセルロースなどがコンクリートに例えられ、鉄筋コンクリートのような構造をしているのだとか。
時間がたつと結晶部分が堅くなり、ヘミセルロースなどが分解される
この構造は伐採されて時間がたってもそのままなのではなく、時間がたつと結晶部分が堅くなる一方、ヘミセルロースが分解されていくそうです。
こうなると細胞の中の縦のつながり(=鉄骨)は強くなり、横のつながり(=コンクリート)は弱くなっていきます。
低音は縦のつながり、高音は横のつながりで振動しやすい
ここで細胞の縦のつながりと横のつながりに対する音への影響についてです。
木材を楽器に使う場合、低音と高音によって振動しやすい構造が異なるそうです。
低音は木材を大きく振動させます。振動は木材が波打つように動かすわけですが、その波の大きさが大きいわけです。そうすると細胞の大きさよりも大きな動きに対する反応が重要になり、縦のつながりに大きく影響されます。
一方、高音は木材を細かく振動させます。細かい振動は木材の振動を細胞レベルの大きさに近い振動となり、横のつながりに大きく影響されます。
時間を経た木材は低音がよく鳴り、高音がならなくなる
この2点を合わせると時間を経た楽器の音の変化に関して以下のことが言えます:
- 縦のつながりが強くなる = 低音のしまりがよくなりしっかりと鳴るようになる。また、暖かみのある音が出るようになる。
- 横のつながりが弱くなる = 高音が鳴りづらくなり、メタリックな音がしづらくなる。また、倍音が鳴りづらくなる。
これらはまさに弾き込みといわれたときに思い浮かべるような変化ではないでしょうか?
変化を早く行わせたギターも
この特性を利用し、縦のつながりを強くし横のつながりを弱くした材料w使ったギターがあります。ヤマハのA.R.E (Acoustic Resonance Enhancement) と呼ばれる技術が使われたギターです。
この技術では
筒状の金属製圧力容器の中に木材を入れ、内部温度、湿度を管理し、さらに段階的に圧力を変化させて処理を行います。
ヤマハのHPより
ということによって変化を促進しているそうです。
A.R.E.はクラシックギターには使用されておらず、ヤマハのアコースティックギターであるLシリーズとバイオリンの一部に投入されているそうです。
そういえば昔、クラシックギターでも人工的にエイジングを促進させた木材を使ったものが売られていましたが、同じようなことをしていたんですかね?
経年変化が弾き込みによって促進される
ここまでの話だと木材を長年置いておけば音は変化するという結論のように思います。
どうも、楽器を鳴らすことによりこの細胞の変化が促進されるようなのです。
なぜなのかについてはよくわかりませんでした。まったく同じ楽器を一方は弾き込む、もう一方は弾き込まないということは木材を使っているギターでは不可能なので、検証のしようがないかもしれませんね。
弾き込みを促進させるToneRiteという製品も
この弾き込みよる音の変化を促進させるための製品も出ています。
”ToneRite”という製品なのですが、要は電気を使って弦に振動を与えるための機械です。
オーディオの世界にも似たものがあり、スピーカーやアンプのエージングのためのCDが売っています。このCDにはエージングを促進させる音が入っており、それを流し続けることで良い音になる、というものです。
これを使えば頑張って弾きこまなくてもいい音になる、かもしれません。
弾いている人の変化が影響?
また、弾き込むと音がよくなるのは演奏者自身が変化したためというのもあると思います。
ギターはそれぞれに個性があり、うまく鳴らすための弾き方が違ったりします。あるギターはしっかりと弾いた方が音が出たり、あるギターは繊細に軽く弾いた方が鳴ったりします。
新しく買ったギターはその特性が十分わかっておらず、十分に鳴らすことができません。これが、何回も弾くことでだんだんと癖がわかってきて鳴らせるようになるというものです。
もちろん、演奏者が何回も弾くことによってそもそもギターの腕が上がるという要因もあるかと思います。
私自身、量産ギターを使っていて手工ギターに買い替えた際、楽器の張りが強すぎて歯が立たなかったことがあります。それが、いつの間にかしっかりと弾けるようになっていました。
そういった演奏者自身の変化というのも1つの要因として入れてもいいかと思います。
その意味で楽器屋の「今はならないけどそのうち鳴ってきますよ」は、「あなたの今の腕では鳴らせないけど、もう少しうまくなれば鳴らせますよ」の意味だったりするかもですね(笑)。
工業製品としてのギターの構造的な「ガタ」の影響も
もう1つ、長期的ではなく短期的な弾き込むの影響として、工業製品としての構造的な「ガタ」の影響も考えられます。
ギターはどんなに精度よく作られてもどこかに浮いていたり、歪んでいたりする個所があります。木材は温度や湿度によっても収縮しますので、すべての条件において完全にぴったりしていることはあり得ません。
クラシックギターは一般的に演奏者が「抱え込んで」演奏します。そうすると、ギター自体がだんだんと演奏者の温度や湿度に影響されていきます。演奏者の体温や体の周りの湿度はある程度一定ですので、弾いているうちにある一定の状態に落ち着いていくのではないでしょうか?
楽器自体だけではなく、弦もそうですし、サウンドホールの中の空気も同様かと思います。
また、先ほどの話と同じく、人間がだんだんとウォーミングアップされていくので楽器を鳴らせるようになる、というのもあるかと思います。
弾き込みのための弾き込みではなく、楽器とともに楽しむ弾き込みを
まだまだ完全に「弾き込み」というものが解明されたわけではないようです。
しかしながら、いくら「弾き込めば」音が鳴るようになるからといって、弾き込むためだけに楽器を鳴らすのはかわいそうな気がします。
楽器とともに演奏者がともに成長していくというのが理想的なのではないでしょうか。
クラシックギターという楽器は心臓の近くに楽器を抱えて演奏する楽器であり、あらゆる楽器の中でも演奏者と一体になって演奏できる楽器のような気がします。仲良く一緒にうまくなっていけると理想的ですね。