歴史は深いものの現在の形になったのが比較的最近であるクラシックギターは、構造面でさまざまな試みがなされています。しかしながら、伝統的な構造のギターに比べてダブルトップやラティスといった新構造を採用したギターに対して否定的な声があるのも事実です。私は最近、ハウザーIII世を購入するに当たって伝統的な構造のギターから新構造のギターまでいろいろなギターを試奏したのですが、そこで感じたことについて書きたいと思います。
まだまだ続くクラシックギターの進化
クラシックギターは数あるクラシック音楽楽器のなかでも、特に積極的な進化を続けている楽器です。
近年もスモールマンに代表されるラティス構造、ダマンとワグナーから始まったダブルトップ、ハンフリーのレイズドフィンガーなど枚挙にいとまがありません。
クラシックギターの新構造についてはこちらの記事で詳しく解説しています:
これだけ新しい構造が登場するクラシック楽器は少ないのではないでしょうか。
それはおそらく、クラシックギターが現在の形になったのが20世紀と、比較的新しい楽器であるためなのでしょう。
新構造のギターは批判されがち
ほかの業界でもよくあることですが、新構造のギターは伝統的な構造のギターを愛する人たちから批判されがちです。
その代表が、新構造のギターは遠達性がないというもの。
遠達性についてはこちらの記事を参照ください:
ほかにも音が大きいばかりで音がよくないという意見や、修理がやりづらいという意見もあります。
コンクール入賞者が新構造ギターばかり使っているのは事実
感覚的な議論を始めると終わりがないので、統計的な話にすると、コンクールの入賞者が新構造ギターばかり使っているのは事実です。
たとえば現代ギター2023年2月号によると、第65回東京国際ギターコンクールの本戦出場者が使っていたギターのタイプは以下でした:
順位 | 名前 | ギターの構造 |
1位 | フィリポス・マノロウディス | ダブルトップ |
2位 | ドラーゴス・イリエ | ダブルトップ |
3位 | エリック・メイヤー | 伝統構造 |
4位 | エマニュエル・ソヴィチ | ダブルトップ |
5位 | アンドレス・マダリアーガ | ラジアルブレーシング |
6位 | 伊藤亘希 | ダブルトップ |
ご覧の通り、1人をのぞいて全員が新構造、そして2/3がダブルトップを使っています。
コンクールの本戦に残った演奏者はほとんどが新構造のギターを使っているというのは事実です。
ちなみに現代ギター2023年2月号には具体的な製作家の名前も書かれていましたがこの記事では割愛します:
音量も音楽表現の1つ
忘れてはいけないこととして、新構造が得意としている音量は決して音楽に不要なものではなく、むしろ必要不可欠なものであるという点が挙げられます。
ピアノは元々「ピアノフォルテ」や「フォルテピアノ」と呼ばれる楽器であり、小さな音から大きな音まで自在に出せることで、その名がつけられました。それくらい音量の変化は重要なのです。
クラシックギターの世界ではなんとなく音量で勝負するのが卑怯なことのようにいわれがちですが、音楽の世界では決してそんなことはありません。
音量アップはクラシックギターの悲願
実は音量アップはクラシックギターの悲願です。
クラシックギターは19世紀初め頃までは人気の楽器でした。
その頃までは貴族のサロンなどで演奏されていたといいます。
しかしながら、その後音楽が大衆化し、よりわかりやすい音楽が大きなホールで演奏されるようになると、音量の小さいクラシックギターの人気は低下してしまいます。
そしてアントニオ・デ・トーレスがギターを大型化するなどして音量を大きくした結果、現在ではその地位が少し向上したといえるでしょう。
その意味で歴史的に見るとクラシックギターの音量アップは正当な進化の方向性ともいえ、音量が大きいギターの登場はむしろ喜ばしいことなのかもしれません。
もちろんそこにギターならではの音が伴っていることが前提ではあり、必ずしもそうでないために批判が生まれるのでしょう。
よい木材の枯渇は新構造を求める?
世界的に環境破壊や温暖化が進み、ギターに適した良質な木材が減ってきているといいます。
ハカランダなどの中南米ローズウッドはもちろん、松(スプルース)も危険なようです。
この問題に対しては材料の面からのアプローチがいろいろおこなわれていますが、新構造のギターも材の質を構造でカバーする試みといえるでしょう。
良質な木材が豊富になるのが一番ですが、おそらく頑張って取り組んだとしてもそうなるまでには相当長い時間が必要となります。
新構造で新たな可能性を探るのも必要なのかもしれません。
新構造=大音量、伝統的=小音量は大雑把すぎ
ここで注意したいのは、新構造のギターは大音量、伝統的な構造のギターは小音量という捉え方は大雑把すぎという点です。
たとえるなら、「日本人は勤勉だ」とか「関西人は面白い」といっているのに近いかと。
新構造のなかにも音量よりも音質を重視したものがありますし、伝統的な構造のギターのなかも音量が大きいものがあります。
このため先入観を持ちすぎるのはよくありません。
音の評価はそれぞれの人の基準での相対評価
また、「みんながいっている」という意見にも注意が必要です。
音の評価は非常に難しく、同じ音を聴いてもそれを軟らかいと表現するか硬いと表現するかは、その人がそれまでに経験してきた楽器や音によって変わります。
ギターをメインで弾く方にとってダブルトップなどの新構造ギターは「爆音」かもしれませんが、ピアノを弾く人にとってはどれも五十歩百歩でしょう。
実際、私の家族はピアノや吹奏楽を経験したことがある一方、クラシックギターを本格的に弾いたことがないのですが、ギター選びのときについてきてもらっても「違いがわからない」とよくいいます。
さすがにスモールマンと伝統構造のギターの音質の違いは感じたようですが、スモールマンの音が大きいとは感じなかったようです。
それぞれが自分の基準で相対評価をしているにすぎないので、人の意見は話半分で聞いたほうがよさそうです。
最後は弾いて決めるしかない
最終的な結論としては、自分で弾いてみて気に入ったものを買うのが一番、ということになります。
その選択に対して他人があれこれいうかもしれませんが、他人は他人でしかありません。そのギターを弾くのは他人ではなく自分です。
伝統的な構造だとか新構造だとかいううたい文句に惑わされず、自分が欲しいと思ったギターを買うようにしたいものです。