前回の表面板に続いて今回は裏板と側面板に使われる木の材料についてです。表面板も紛らわしかったですが、裏板も負けず劣らずややこしいところがありました。
このサイトのクラシックギターの材料や楽器その物に関する記事は以下の記事でまとめてあります:
音を受け止め、反射する裏板と側面板
前回の記事で書いたとおり、振動させるのが目的の表面板に対して、裏板と側面板は音を受け止め、反射するのが目的でした。
ギターの演奏者は一般的に前方にいるお客さんに向かって演奏します。このため、できるだけ音を後方ではなく前方に出すのが望ましいといえます。
一方、表面板の振動はすべての方向に伝わり拡散してしまいます。このままでは後方にも音が飛んでしまうため、裏板や側面板で音波を受け止め前方に反射することで効率よく前方に発音するようにします。
表面板と同じように振動しやすくて軽い材料を使ったのではこの目的を達成できず、重くて硬い材料を使うことになります。
(追記): バイオリンは裏板も積極的に振動させていますが、そうすると振動を打ち消しあうそうです。
伝統的には大きく分けて2種類の木が使われる
重くて硬いという条件を満たす材料はいろいろ試され、現代では大きく分けて2つの材料が使われています。
色 | 特徴 | 気乾比重(硬さの指標) | |
ローズウッド | 茶色、黒色 | 比較的新しく使われだした材料だが主流。様々な種類のローズウッドと呼ばれる木が使われる。 | 0.84 |
メイプル(カエデ) | 乳白色 | 19世紀ギターより前から伝統的に疲れる木材。最近見直されてきている。 | 0.70 |
様々な種類があるローズウッド系
最近ではクラシックギターの裏板と側面板のほとんどはローズウッド系の木で作られています。音もさることながら見た目として表面版とのコントラストが美しいというのが理由のようです。
ローズウッドはマメ科の木で、インド、マダガスカル、中南米によく生えています。
伐採するときにバラのような香りがするからローズウッドと呼ばれるとか。
非常に硬く密度が高いのが特徴で、音を反射するという側面板や裏板の目的にあった木です。
(追記): ローズウッドの輸出入規制について記事を書きました:
ローズウッドといえばインディアン・ローズウッド
ギター用の木材で「ローズウッド」といえばインディアン・ローズウッドです。その名の通りインド原産のローズウッドで、ヨーロッパでも古くから家具等に使われてきました。
割と原木が豊富なのかローズウッド系の木が枯渇する中で今でも柾目で使われることが多い材料です。
このためか、割と安いギターにもインディアン・ローズウッドはよく使われ、材料には単に「ローズウッド」と書かれてます。
しかしながら、インディアン・ローズウッドが使われるギターは常に安物かというとそんなことはなく、フレタやロマニリョスは好んでインディアン・ローズウッドを使っています。
ちなみに、インディアン・ローズウッドをインドネシアに植えて育てたものはソノリケンと呼ばれるそうです。
ギター用のローズウッドの王様はハカランダ
ギターに使われるローズウッドの中で最も高価なものは?といわれたらハカランダという答えに疑問がある人はいないでしょう。
ハカランダは英語ではブラジリアン・ローズウッドと呼ばれ、原産地であるブラジルのポルトガル語ではジャカランダ(Jacaranda)と呼ばれています。ハカランダはこのジャカランダのスペイン語の発音だそうです。
元々、コロンブスがアメリカ大陸を発見した時に今までインドに頼っていたローズウッドがブラジルにも生えているということで使われだしたようです。なので、もともとはインディアン・ローズウッドの代替木材でしかなかったとか。
ギター用の木材としても昔は特にインディアン・ローズウッドに比べて高いということはなく、混在して使われていたそうです。
それが、1960年代にブラジルが法規制により原木の輸出を規制したことで状況が変わります。希少価値が出たことで一気に値段が上がり、現在のブランドのブランド木材化につながったそうです。1992年にはさらにワシントン条約によって大規模な輸出規制が始まり、さらに希少価値が上がっています。
このように、ハカランダが高い原因は音が良いというよりも希少性にあるようで、少なくとも値段の差ほど音の差はないようです。が、 木の硬さを示す指標である気乾比重はインディアン・ローズウッドよりも高いようです。
一方、木目の美しさはインディアン・ローズウッドよりも美しいのは確かで、芸術品としての価値は高いといえるかもしれません。
紫の花が咲くのは別種
ちなみに、時々ハカランダの紫の花が、という人がいますが、紫の花が咲くのは別種です。
この花はノウゼンカズラ科のキリモドキ属のジャカランダです。日本でも売っていますが、頑張って育ててもギター用のハカランダにはなりませんので。。。
「ニューハカランダ」と呼ばれたインディアンとブラジリアン以外のローズウッド
このようにハカランダの値段が一気に上がったことから楽器業界(と材木業界?)はハカランダに代わる木材を探し始めます。これが一時期「ニューハカランダ」と呼ばれた材用です(最近は聞かなくなりました)。
有名なところでは、
- ホンジュラスローズ・ウッド: 中米ホンジュラス原産
- マダガスカル・ローズウッド: マダガスカル島原産
- ボリビアン・ローズウッド: 南米ボリビア原産
- ココボロ: メキシコ等の中南米原産
といったものがあります。
いずれもローズウッドの仲間なので性質は似ており、木目にも特徴があるものです。 気乾比重もインディアン・ローズウッドより高いようです。
しかしながら、インディアン・ローズウッドも含め、ローズウッドはすべて輸出規制がかかっており、どれも値段は上がっているようです。
ローズウッドではないけどハカランダの代わりの木材も
他に、ローズウッドではないが、見た目が近くて重くて硬い木もあります。
代表的なものがジリコテです。
ジリコテは日本ではシャム柿と呼ばれ、メキシコやグアテマラ原産の広葉樹です。ちなみに、「柿」とついていますが、黒柿の代替品としてこう呼ばれているだけで、柿とは全く関係ないそうです。
また、マメ科のブビンガやアフリカン・ブラックウッドも時々使われています。
和名は紫檀だが、紫檀=ギターで使われるローズウッドとは限らないし、ローズウッドはほかにもある
日本では紫檀と呼ばれます。が、いわゆる「紫檀」がギターで使われるローズウッドかというと必ずしも限らないようです。
ローズウッドにもいろいろな種類があり、古くから日本に入ってきたものがいわゆる紫檀であり、ハカランダなどまで含んで紫檀かというと疑問符がつくところのようです。
また、ローズウッドというともう1つ、クスノキ科にもローズウッドという木があります。
こちらは精油として使われる木であり、ギター用ではありません。
実はいろいろな種類があるけど区別されないメイプル
一方、19世紀ギターやリュートの時代から使われてきたのがメイプル(楓)です。
メイプルはカエデ属の木で、日本でもイロハモミジが自生しています。
園芸、食用、薬用、木材といろいろな目的に使える便利な木です。
ギター用としてはハードメイプルとソフトメイプルの区別のみ
ローズウッドはギター用の木材として様々な種類がありましたが、メイプルはギター用としてはハードメイプルとソフトメイプルの2種類しか区別がありません。
もちろん、木としてはもっと分類があるのですが、材木として区別がないのが実情のようです。
ハードメイプルの方がその名の通り硬いようなのですが、ソフトメイプルは柔らかいということはなくあくまで比較による名前のようです。
楽器に使われるのはハードメイプルが多いようで、これはカナダからアメリカ北東部に分布するいわゆるメイプルシロップが取れるメイプルです。
種類よりも木目で区別される
メイプルはローズウッドと異なり、木の種類よりは木目で区別されることが多いです。
具体的には、虎の毛皮のような模様のカーリーメイプル:
鳥の目のような模様のバーズアイメイプル:
といった木目が有名です。
これらは木の種類が違うのではなく木目が違うだけです。
昔よく使われけど最近また見直されつつある?
メイプルは昔から楽器によく使われる材料で、リュートやバイオリンには今でも使われています。
ギターも19世紀ギターのころまではよく使われていましたが、主流はローズウッドにとってかわられています。
しかしながら、最近の新作ギターを見ているとメイプルが使われているのをよく見ます。ローズウッドが希少化する中で比較的資源として豊富なメイプルが見直されつつあるのかもしれません。
音は柔らかい、とは限らない
一般にメイプルのギターは音が柔らかいといわれていますが、個人的には必ずしもそうではないと思います。
柔らかい音が良いからメイプル、という発想で楽器を探してはいけないかと。
ギターの美しさを決める裏板と側面板
クラシックギターの表面板はあまり木目の目立たないスプルースやシダーが使われます。
また、木目が目立つのは裏板や側面板ですし、奏者からよく見えるのも側面板です。
その意味で、奏者にとってギターの美しさを決める大事な要素であるといえます。
ここまで述べてきたように様々な種類がありますが、まずは自分が美しいと思えるものを選ぶのがいいかと思います。音も大事ですが、長い間付き合っていくには見た目も意外と大事です。