ダブルトップのギターはなぜ遠達性がないといわれるのか?セバスチャン・シュテンツェルの見解と彼のEnhanced Woodについて

Enhanced Wood 楽器
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2枚の薄い木の板の間をNomexでサンドイッチしたダブルトップギターは最近プロのギタリストを中心に人気を集めています。その特徴は音量、なのですが一方で遠達性がなく遠くまで音が飛ばないという意見も。セバスチャン・シュテンツェルというドイツ人の製作家がその理由を考察していますので紹介したいと思います。また、彼がダブルトップの問題を解決したというEnhanced Woodについても紹介します。

硬くて軽い表面板を実現するためのダブルトップ

クラシックギターにおけるダブルトップギターとは、薄く削った2枚の板で丈夫なNomexと呼ばれるハニカム構造の素材を挟み込んだ表面板を持つギターの事です。

表面板は薄ければ薄いほど振動しやすいわけですが、その分耐久性が問題となります。強度をNomexで補強することにより実用的な強度で振動しやすい表面板を実現するのがダブルトップです。硬くて薄いほど表面板の効率は上がり、結果として音量が上がります

詳細は以下の記事を参照ください:

ダブルトップの大音量はプレーヤーとプレーヤーに近い観客にしかないという主張

このダブルトップギターに対してセバスチャン・シュテンツェルは、ダブルトップギターによって得られる大音量はギタリストとギタリストに近いプレーヤーにしか恩恵がないと主張しています。こちらのドキュメントがその内容です。

この中でシュテンツェルは、ダブルトップギターは数メートル離れただけで伝統的な楽器よりも音が大きく聞こえないとしています。

つまり、日本でいうところの「遠達性がない」と主張しているわけです。

前提となる知識

この理由の前提として以下の3点があげられています:

  1. 人間の耳(と脳)は2,000~4,000Hzの音に最も敏感で、例えば100Hzの音の約20倍の感度がある
  2. 脳はあらゆる音の平均音量を計算する。音を構成する多くの異なる部分の音量に起因するものではない。
  3. 音の指向性は周波数に依存する。低い音はほぼ球状に、あらゆる方向に音が飛ぶ。一方、高い音は前に飛ぶ(サウンドホールの向いている向き)。つまり、低周波の音は高周波の音よりも、距離に対して速く減衰する。

1.は人間の耳の特性に関してです。人間はすべての周波数の音が均一に聞こえるわけではなく、聞こえやすい音程そうでない音程があります。聞こえやすい音程のピークは2,000~4,000Hzにあるそうです。ちなみに、2,000Hzはソプラノ歌手の歌声、4,000Hzはセミの鳴き声に相当するようです。

2.はなかなか面白い特性です。人間の耳は、たとえばギターの音に対して、ある音程の音が大きかったからといって大音量には聞こえないそうです。その音を構成するすべての音程の平均を音量として認識するのだとか。

3.は音が飛ぶ方向の特性の話です。低い音ほど音は広がるため、同じエネルギーの音を出すと低音の方がより早く減衰し遠くまで飛ばないのだとか。一方、高音は指向性が強く、距離に対して減衰が少ないようです。

伝統的なギターとダブルトップギターの音の特性と遠達性

ハウザーのような伝統的なギターの周波数応答曲線を見ると、2,000~4,000Hzの範囲で音が大きく、そこから比較的平坦な共鳴ピークがあるそうです。一方で、最も重要な3つの共振(空気量、サウンドボードの基本振動モード、裏板の基本振動モード)に費やされたエネルギー量は比較的小さいそうです。

これに対して、ダブルトップギターは、低音で最も強い音量と高くでとがった共鳴ピークを示しますが、高音ではピーク間の平均音量はかなり小さくなっているそうです。

つまり、ダブルトップギターの音量エネルギーは主に低音で放出され、距離とともに音の強さが急速に減少し(上記3.より)、聴こえづらくなります。一方、ギターに近いところでは、脳がすべての音を平均化しているため(上記2.より)、強い低音に平均が引っ張られ、大音量に聞こえます。

最も大きな問題は、ダブルトップの表面板は硬すぎて人間が聴きやすい2,000~4,000Hzの音があまり出ないところなのだとか。低音は良く出るのに対して高音が貧弱でアンバランスなのが問題なのだそうです。

一方、伝統的なギターは、プレーヤーにはそれほど大きく聞こえませんが、聴覚が敏感である周波数で音量が大きく(上記1.より)、全体的な音量の減少が少ないため(上記3.より)、遠達性が高くなるそうです。

3.に関しては花火などでもわかるように高い音よりも低い音の方が遠くまで響くような気がするのですが、そのあたりはどうなのでしょうね?

シュテンツェルが発明したEnhanced Wood(エンハンストウッド)

この問題に対して、シュテンツェルは新たな表面板の構造を提案しています。それがEnhanced Wood(エンハンスト・ウッド)です。

ダブルトップの問題は木の異方性が損なわれるところにあるとシュテンツェルは結論付けました。異方性とは木の半径、接線、繊維方向で性質が異なることを差します。たとえば、ギターに使われるスプルースなどの針葉樹では、変形のしにくさが繊維方向:半径方向:接線方向=100:10:5くらい違うのだとか。この異方性が音に大きく影響しているのですが、ダブルトップにしてしまうとこれが失われてしまうのだそうです。

これに対してEnhanced Woodでは、木を波上にカットしたものを重ね、その間にカーボンファイバーを埋め込んでいるそうです。

セバスチャン・シュテンツェルのドキュメントより

上の絵がEnhanced Woodの構造を示しています。”Schicht”は層、”Leimfuge”は接着剤を意味し、波型に削った木を重ね合わせてその間に接着剤を入れています。カーボンファイバーについてはこの絵では触れられていないようです。

この構造により異方性はさらに強化されるのだとか。シュテンツェルはもともとこの構造を特許化することを考えていたそうですが、特許にせずに広く製作家に使ってもらうことにしたそうです。

本当かどうかはともかくとして面白い見解

これが本当かどうかはともかく、これまでの単に「ダブルトップのギターは遠達性がない」という意見よりは裏付けが発揮していて面白い見解なのではないでしょうか。

これまでにもいろいろな意見が遠達性に対してはありました:

これらの意見に一石を投じる見解であることは確かなように思います。

こうした意見が、変な議論で互いを貶めるのではなく、さらにギターの楽器としての特性を向上することを願ってやみません。

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