クラシックギターの弦長は650㎜が標準とされ、それより短いものは「ショートスケール」と呼ばれます。ショートスケールのギターは指の短い人や体の小さい人に良いといわれていますが、どんな効果がどれくらいあるのでしょうか?650mmからショートスケールのギターに持ち替えた筆者が実際の感想も含めご紹介します。
このサイトのクラシックギターの材料や楽器その物に関する記事は以下の記事でまとめてあります:
650mmを標準とする弦長
クラシックギターの弦長は650mmが事実上の標準とされています。
ここで「弦長」とは開放弦を鳴らすときの弦が振動する範囲を差し、具体的にはナットからサドルまでです。
ギターの頭からお尻までではない点に注意してください。また、ギターのボディの横幅や厚みとは直接関係ありません。
650mmでないといけない理由はない
実は650mmが標準というのは何か理由があってのことではなく、だんだんとこのサイズに収束していきこうなっています。
たとえば19世紀ギターは610mm – 640mmのものが多いですし、1960~70年代には660mmを超える弦長のものが主流でした。
一度は大音量化のために660mmを超える弦長になったものの、さすがに大きすぎて弾きづらいということで650mmに戻りました。
技術の発展で650mmや640mm以下の弦長でも大きな音が出せるように
それがさらに最近では640mm以下の弦長のものも流行りつつあります。
これは、技術の発展によって大きな音が出せるようになったことが大きいようで、大きな音が出るなら短い弦長の方が弾きやすいよね?ということのようです。
ショートスケールのギターはどれくらい指が楽なのか?
では、ショートスケールのギターはどれくらい指が楽になるのでしょうか?これは簡単に計算ができます。
数字上はそれほど変わらないけど
以下の記事で紹介したとおり、ギターは平均律楽器ですので、音が半音上がるごとに弦長が 0.94388 倍になります。
ここから計算すると、650mm, 640mm, 630mm, 620mm, 610mmの弦長の楽器で各フレットのナットからの位置は以下のように変化します。
フレット/弦長 | 650 | 640 | 630 | 620 | 610 |
0(開放弦) | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
1 | 36.478 | 35.9168 | 35.3556 | 34.7944 | 34.2332 |
2 | 70.90885 | 69.81795 | 68.72704 | 67.63614 | 66.54523 |
3 | 103.4074 | 101.8166 | 100.2257 | 98.6348 | 97.04391 |
4 | 134.0822 | 132.0194 | 129.9566 | 127.8938 | 125.831 |
5 | 163.0355 | 160.5273 | 158.0191 | 155.5108 | 153.0026 |
650mmと640mmを比べると、5フレットの位置になっても3mmしか変わりません。さすがに650mmと610mmを比べると1cm変わりますが、数字的に見るとショートスケールといっても格段に短いわけではないことがわかるかと思います。
意外と大きい1mmの差
では640mmのショートスケールではまったく意味がないかというとそんなことはありません。
皆様も経験があるかと思いますが、「指が届かない」というときにはたいてい全然届かないのではなくあと少し!ということが多いかと思います。
この「あと少し!」をうめるには1mmの差が大きいのです。
実際、私は650mmの桜井マエストロRFから645mmのハウザーIII世に持ち替えたのですが、たった5mmスケールが短くなっただけでその弾きやすさに驚かされました。
5mm短くなるだけでこれだけ違うなら、640mmや630mmはもっと弾きやすいんだろうと思います。
弦長以外の差も
また、後述しますが、ショートスケールのギターは一般にボディサイズが小さく、抱えやすくなっています。そうすると腕の自由度が増し、左手が押さえやすくなります。
さらにこれも後述しますが、ショートスケールのギターは弦のテンションが弱くなり、押さえるのが楽になります。これも弾きやすさにつながります。
こういった差もありショートスケールのギターはかなり弾くのが楽になります。
こちらも私が持ち替えたハウザーIII世はリョベートモデルというトーレスを元に作られた楽器であり、ボディサイズが小さめなのですが、楽器を構えるときに格段に楽です。
右手の弾く場所を変えたり、ハイポジションを弾く際に身をかがめたりといった動作がやりやすくなり、演奏性が向上しています。
選択が難しいショートスケールギターのケースについてはこちらの記事で解説しています:
初心者向けのショートスケールモデルも
ショートスケールモデルというとカスタムオーダーしなくてはならず、高価というイメージがありましたが、最近では入門者向けのショートスケールモデルも販売されています。
ショートスケールモデルのほうが弾きやすいので、ショートスケールのギターで始めたほうが上達が早いかもしれません。
なぜ弦長が長くなると音が大きくなり、短くなると小さくなるのか
ショートスケールのギターは650mmのギターに比べて音量が小さいといわれます。なぜ弦長が音量に影響するのでしょうか?
その答えの1つはボディのサイズにあるようです。弦長が長くなるとボディを大きくすることができ、弦長が短くなるとボディが小さくなります。ボディが大きいほうが特に低音がよく響くようになり、音量に影響を与えます。
もう1つの理由は弦のテンションです。弦長が短くなると弦のテンションが下がることが原因です。
なぜ同じボディサイズにできないのか?
ん?じゃあボディのサイズをそのままにして弦長を短くすれば音量は変わらないのでは?と思うかもしれません。が、これには2つの問題があります。
ブリッジの位置の問題
1つ目はブリッジの位置です。12フレットの位置でボディと接合するはそのままにするとすると、弦長を短くしようとするとブリッジの位置をヘッド側に移動することになります。雑な編集で申し訳ないですが、こんな感じです:
実はブリッジの位置はギターの音量や音色に大きくかかわっています。
ギターの表面板の裏には上の写真のように力木と呼ばれる木が張りつけられており、これとブリッジの位置は繊細な調整によって定められています。650mmの時に最適だった位置から動かしてしまうとうまくいきません。
ネックとの接合位置の問題
第2に、ブリッジの位置をそのままにしてギターのネックとボディの接合の位置をずらした場合です。普通のクラシックギターは12フレットの位置でボディとネックが接合されていますが、これがずれると演奏者が違和感を覚えてしまいます。
これらの問題のため、これらを保つにはボディのサイズも含めて小さくしてしまった方が都合がいいわけです。
指が短い = 体が小さいことが多いのでボディが小さいほうがコンセプト的にもいい
また、650mmを標準とする現在のクラシックギターにおいては、それ以下のサイズは指が短い人向けのギターであるという位置づけも理由の1つです。
指が短い人は体の小さいことも多いので、商業的にはボディサイズも小さいほうが売れます。
もちろん、これは店で売られているギターの話であって、製作家に相談すればボディサイズの調整もできるかと思いますので、既製品ではなくオーダーをすれば何とかしてくれるとは思います。既製品でもボディサイズが同じであることを売りにしているものも時々見かけます。
ショートスケールのギターは張力が弱くなる
音量が小さくなるもう1つの原因は弦の張力が弱くなることです。
メルセンヌの法則による張力の低下
これは以下の記事で紹介したメルセンヌの法則によるものです:
メルセンヌの法則を式にすると以下になります:
ここでf0は音の高さ、Lは弦長、Fは張力を示します。
ショートスケールのギターはLが小さくなります。が、音程は650mmのギターと変わらないのでf0は変わりません。するとFが小さくなります。
しかも、Fにはルートがついているで、弦長の2乗に比例して張力が小さくなります(例: 弦長Lが半分になるとFは1/4になる)。
弦のテンションを変えるくらいの効果がある
では、実際650mmのギターに比べて640mm, 630mm, 620mm, 610mmのギターが開放弦においてどれくらい張力が落ちるのかを計算してみます。
弦長 | 650 | 640 | 630 | 620 | 610 |
張力の比 | 1 | 0.969467 | 0.939408 | 0.909822 | 0.88071 |
つまり、640mmのギターは640mmのギターに比べて張力が0.97倍になっています。
また、比較対象としてプロアルテのハード(EJ46), ノーマル(EJ45), ライト(EJ43)の張力とハードとの比が以下です:
ハード | ノーマル | ライト | |
張力(kg) | 40.8 | 38.93 | 36.2 |
ハードとの比 | 1 | 0.954167 | 0.887255 |
プロアルテのハードテンションとノーマルテンションの比が0.95倍なので、650mmから640mmのギターに変えるとハードからノーマルにテンションを変えたのに近い差があることがわかります。640mm以下になるとそれ以上です。
また、610mmになるとハードからライトに2段階テンションを落としたのとほぼ同じ効果があることがわかります。
テンションは押さえる力にかかわってきますので、これが楽になるということは弾きやすさにもつながります。ショートスケールがその弦長差以上の効果があるといわれるのはこのためもありそうです。
音量は小さく、音質は柔らかくなる
ただし、テンションが落ちるということは、弦のテンションを変えた時と同じ変化が生まれます。
具体的には以下の記事で解説していますが、音量が小さくなり、音質が柔らかくなります。
こればかりは好みですが、気になるようであればショートスケールでテンションの高い弦を張るのも1つの手かと思います。
ただ、私が使っている645mmのハウザーIII世は、購入する際に引き比べた650mmのハウザーIII世に比べて音量が小さいとは感じませんでした。
ショートスケールだから音が小さいと思い込まず、実際に弾いてみて確かめることをおすすめします。
カポタストをつけるとショートスケールギターが手軽に体験できる
色々書いてきましたが、実際に弾いてみないとどんな効果があるかわからないというのが実際かと思います。そんな時はカポタストを1フレットにつけるとショートスケールギターが疑似体験できます。
1フレットにカポタストをつけて、その状態でいつものチューニングをします。すると650mmのギターの場合弦長が 36.478mm 短くなり、613.22mmの弦長のギターになります。
フレット一マーカーがついている場合は厄介かもしれませんが、この状態で簡単に弾ける曲を弾いてみてください。それが大体610mmのショートスケールギターの感覚です。
意外と効果の大きいショートスケールのクラシックギター、見栄を張らずに弾きやすいものを選ぶのが吉
このようにショートスケールのクラシックギターはその数値上の差以上に弾きやすいものです。
標準とされる650mmを選びがちではありますが、ギターは良い音が出せてなんぼの楽器です。無理をせずに自分に合ったギターを選ぶのがいいかと思います。
ギターを買い替える際はショートスケールのギターも選択肢に入れてみてはいかがでしょうか。