クラシックギターの高音弦はメーカーが違っても材料が同じならあまり音が違わないな、と感じたことはないでしょうか。海外のクラシックギター掲示板で現役弦メーカーの人がクラシックギターの高音弦の裏話をいくつか書いてくれており、興味深かったので紹介したいと思います。
アクイーラ (Aquila) のMimmo Peruffoが掲示板に投稿
この裏話を海外の掲示板に投稿してくれたのはアクイーラ(Aquila)のMimmo Peruffoという人です。
Aquilaはかなり変わった弦を製造していることで有名なイタリアの弦メーカーです。
このMimmoという人は弦作りの専門家なのですが、この海外掲示板にちょくちょく登場しては興味深い話をしてくれます(新しい弦の宣伝というのもありますが)。
なかなかこういう人はいないのでありがたい存在です。
高音弦ができるまでの工程
まずは高音弦ができるまでの工程について整理したいと思います。
原料はまずは下の写真のようなペレットというもので販売されるそうです。
これを溶かして押出機(extruder)にかけるとモノフィラメント(弦)になります。ナイロンにせよフロロカーボンにせよ用途は弦だけではないので、最初はこういったなんにでも使える形にしておくのがいいのでしょうね。
押出機はこんな感じです:
溶かされた原料は細かい穴が開いたダイプレートと呼ばれるものから出てきます。ちょうど、ミンチ肉を作るときのような感じです。
その後、細長くなったナイロンをさらに延ばしていくことで弦になります。
弦メーカーは原料を製造しておらず、しかも製造しているのはほんの数社
このような弦の製造において、ナイロンにせよフロロカーボンにせよ、デュポンや東レといった化学メーカーが製造します。
弦メーカーが自分でナイロンとかフロロカーボンを製造していることは皆無だそうです。数を売ってなんぼの商売なのでクラシックギターの弦くらいのボリュームではペイしないのでしょう。
さらに、原材料となるナイロンやフロロカーボンは特許の関係もあり、製造しているのはほんの少しの化学メーカーなのだそうです。
たとえば、クラシックギター弦としてもよく使われる透明なクリスタルナイロンですが、このクリスタルナイロンを製造しているのは1社のみなのだそうです。
MimmoによるとそれはMusichanosというメーカーなのだそうですが、Googleで検索しても出てこないのでマイナーなメーカーなのかスペルが間違っているのか。。。
クリスタルナイロンはクラシックギターくらいしか用途がなく、1社しか作っていないということなのでしょうか?
弦メーカーは押出機すら持っておらず、弦を買ってパッケージングしていることが多い
そして、クラシックギターの弦メーカーは押出機すら持っておらず弦を買ってパッケージングしているだけがほとんどなのだそうです。
例えばダダリオのプロアルテのナイロン弦は日本の東レから買っているのだとか。Mimmoは以前ダダリオの工場にいたそうで、少なくともその時はそうだったそうです。
ちなみに、Mimmoのアクイーラは自前で押出機を持っており、製造したものを他の弦メーカーの卸しているそうです。
この話を聞くと、複数のメーカー間で音があまり変わらないというのは実は同じものを使っているというのもあり得そうです。
じゃあどこのメーカーとどこの弦が一緒なの?という質問にはさすがにMimmoも答えてくれませんでした(笑)。
弦の太さ(==テンション)は決まったものしか存在しない
押出機を持っているメーカーは様々な用途にナイロンやフロロカーボンのモノフィラメントを供給します。たとえば釣り糸、歯ブラシの毛、テニスのガットなどです。
それらに比べてクラシックギターの弦は非常に量が少ないです。このため、特定のクラシックギター弦に向けて特別な太さのモノフィラメントを製造することはまずなく、製造元がラインナップとして持っている中から選ぶのがほとんどだそうです。
本当に?と思って主要なメーカーのノーマルテンションのナイロン弦について調べてみたところ、このような結果になりました:
プロアルテ ノーマル | オーガスチン Classic | サバレス ニュークリスタル | ハナバッハ 815 Silver Special | ラベラ Elite | |
1弦 | 0.0280 inch | 0.028 inch | 0.0287 inch | 0.028 inch | 0.028 inch |
2弦 | 0.0322 inch | 0.032 inch | 0.0327 inch | 0.0319 inch | 0.032 inch |
3弦 | 0.0403 inch | 0.040 inch | 0.0406 inch | 0.0398 inch | 0.040 inch |
なんだ、微妙に差がある場合もあるじゃないかと思いきや、Mimmoによると弦メーカーでの測定は弦を張った状態で行われ、楽器の弦長などに影響されるのだとか。
上のメーカーがすべて同じ弦を使っているということになるわけではありませんが、特定のメーカーが特殊な太さの弦を売っているということはないという話は本当にように思えます。
ナイロン弦の音程の悪さは大半のメーカーでは不可避
上で紹介したとおり、ナイロン弦は押出機で多数の穴から一度に多数の弦が製造されます。
この時、すべての穴で原料が同じ温度になることはあり得ないので、どうしても誤差は出てしまうのだそうです。そして、この誤差が音程の悪さにつながります。
大きなメーカーではCalibratorを使っていて、これを使うと誤差はおさえられるのだそうですが、ほんの一部のメーカーしか持っていないのだとか。
レーザーで測定していますというメーカーもありますが、すべての弦に対してやっているとコストに合わないので、一部のみを取り出し検査している程度だそうです。
研摩弦は音程をよくするけどコストがかかるうえにギタリストに好まれない
高音弦の精度の悪さを改善する方法として研磨するという方法があります。
製造された弦は太さに誤差がありますが、太い部分を削ることで均一の太さにできるわけです。
しかしながら、この削るという作業は時間がかかってコストがかかります。
また、Mimmoいわく、90%のギタリストは研磨された弦の表面が好きになれないのだとか。
このため、研磨弦はあまり受け入れられておらず、弦メーカーもあまり製造しません。
化学業界に支配されるクラシックギターの高音弦
このような話を聞くと、クラシックギターの弦は化学業界に支配されているという印象を受けます。
その状態を打破するためにMimmoはAquilaに自前の押出機を導入したり、新しい原料を試したりして頑張っているようです。
もう少し情報があったら我々も賢く高音弦を選べそうなので、提供してくれるとうれしいですけどね…。