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ギターを作るときの最終工程が塗装です。この塗装にも様々な手法がありそれぞれ長所と短所があります。クラシックギターはセラック至上主義なところがありますが、他の塗装も決して悪いものではありません。
このサイトのクラシックギターの材料や楽器その物に関する記事は以下の記事でまとめてあります:
ギターを保護し響きを調整する塗装
ギターにとって塗装の一番の目的は表面を保護することです。
クラシックギターは糸巻とフレット、サドルとナットをのぞくと木でできています。木は柔らかいからこそいい音が出るのですが、その分弱いです。表面の凸凹がそのまま露出していれば少し引っかかっただけで損傷してしまうことでしょう。
この木の表面を保護するために塗装を行います。
また、塗装を行うと響きが変わるためこれによって音を調整するという面もあります。
大きく分けて5種類の塗装
クラシックギターに主に使われるのは5種類の塗装です。
- セラック(シェラック)
- ラッカー
- ポリウレタン
- カシュー
- オイルフィニッシュ
それぞれの特徴について書いていきます。
虫が原料のセラック
まず、最も歴史があり高級なクラシックギターでよく使われているセラック塗装です。シェラック塗装ともいわれます。
ラックカイガラムシの分泌液が原料
セラックの原料となるのはラックカイガラムシという虫です。こちらのリンク先を見るとその姿が見れますが、虫が苦手な方は見ない方がいいかと思います。
この虫が分泌する液を処理して作られるのがセラックニスです。
実はセラックそのものは茶色の色がついているのですが、これを漂白すると透明なものになります。
人間にも自然にも優しいエコな塗料
このセラック、天然樹脂としては唯一の熱硬化性樹脂なのだそうです。
天然素材であるため人間や自然にも優しく、食べても無害ですし、捨てても自然に帰ります。このため、塗料以外にチョコレートやガムのコーティングや電子部品の接着にも使われているそうです。
面白いところでは酸に強いという特性を生かして、胃で溶けずに腸で溶ける医薬品のコーティングに使っているとか。
紀元前2000年から使用、正倉院にも奉納
セラックと人間の歴史は古く、なんと紀元前2000年の中国で使われていた記録があるそうです。
日本でも奈良の正倉院に原料の状態のセラックが奉納されているそうです。
薄く仕上げられて響きを殺さない
このセラックの利点はなんといっても薄く仕上げられるという点です。
塗装を厚塗りすればそれだけ強くなりますが、楽器としての響きは殺されてしまいます。
セラックはタンポ塗といわれる方法で塗装することで塗装の厚さを薄く仕上げることができます。これが高級ギターで使われる理由です。こんな感じで塗ります:
ヤマハのHPによると、セラック塗装をタンポ塗したときの塗装の厚さは20ミクロン~30ミクロン、スプレーでニスを塗った場合は150ミクロン~300ミクロンなんだそうです。したがって、セラックは極薄の塗装ができる上に厚みのコントロールがしやすいといえます。もちろん、その分塗り重ねる回数は増えます。
高級ギターでしか使われない理由はこのタンポ塗に熟練の技術が必要で、かつ時間がかかるためです。塗るのが速くても乾かすのに時間がかかるため、何回も塗り重ねないといけないタンポ塗ではどうしても時間がかかります。
意外と丈夫
セラック塗装というとやたらと弱いイメージがありますが意外とそんなことはありません。
耐摩耗性には優れており、すれてもなかなか削れません。
また、油やアルコール以外の有機溶剤にも溶けないという特性を持っています。この点はゴムに反応してしまうラッカーよりも優れています。
水分と温度/湿度に弱い
ギター弾きにとってセラック塗装が弱いと思われている理由はここにあるかと思います。
セラックは通常状態ではそれなりに強い塗装なのですが、高温状態や高湿度状態になると再び溶け出してしまいます。これにより塗装が白濁したり、はがれたり、ケースの内側がくっついたりします。
この特性がやっかいなのがギターを弾いているときです。半そでの服でギターを弾いているとどうしても塗装面と素肌が密着します。体温と汗で高温高湿状態になり、その部分がだんだんと白濁していきます。
また、素肌でなくても胸のギターと触れる部分も汗をかきやすく白濁しやすいです。
さらに、ケースに入れて車の中に放置したりすると高温状態になり、ケースの内側の毛がギターにくっつきます。
対策としては
- ギターと素肌で触れないようにする
- ずっと触れている場所は布を一枚挟む
- 車の中にギターを放置しない
といったところです。
また、結露による影響を防ぐ必要もあり、湿度に加えて温度も管理しましょう。
私もこれらの対策をしていましたが、セラック塗装のギターはやっぱり白濁してしまいました…。
また、水分が長時間あたるのも厳禁なので雨には注意です。アルコールにも弱いので酒をこぼすのも…。
塗り直しも可能
白濁してしまったらどうしようもないかというとそういうこともなく、セラック塗装は比較的容易に塗り直しができます。
このため、白濁を恐れて弾かないくらいなら、気になったら再塗装するという気持ちで最低限の対策だけして弾いた方がいいかと思います。
アコギでもよく使われるラッカー
次はラッカーです。
ラッカーはどちらかというとアコギでよく使われるイメージがありますが、クラシックギターでもヘルマン・ハウザーがラッカーを使っています。
一般的には漆もセラックもラッカーだけど、法律的にはニトロセルロースがラッカー
そもそもラッカーとは何かというと、
ラッカー (Lacquer) は、一般的には無色または着色された塗料の一種であり、溶剤を揮発させることによって乾燥すると硬くて耐久性の高い塗面を与え、磨き上げることによって非常に強い光沢と深みが得られる
Wikipediaより
この定義からすると日本伝統の塗料である漆も、上で紹介したアルコールに溶かすセラックもラッカーの一種となります。
ちなみに、「ラッカー」の由来はセラックの原料となるラックカイガラムシからきています。
これだとラッカーといわれてもなんだかわからないので、日本では家庭用品品質表示法によって「ニトロセルロース」を主成分とするものをラッカーと定めているそうです。
植物の繊維を主成分とするニトロセルロース
このニトロセルロースはセルロース、つまり植物の繊維(細胞壁)を化学的に処理して作られるものです。
1920年代に開発され、最初は主に自動車の塗装に使われたそうです。この塗装のおかげで自動車の色のバリエーションが飛躍的に増えたのだそうです。
スプレーで塗装できるけど時間がかかる
このラッカー、セラックのようにタンポ塗ではなくスプレーを使って一気に塗装ができます。
しかしながら、一気に厚く塗ってしまうと硬化不良を起こしやすく、薄く塗っては乾かし、薄く塗っては乾かしを繰り返す必要があります。
このため、セラックほどではないですが時間がかかり、高級な楽器にしか使われません。
完全に硬化するまでに時間がかかるためウェザークラックが入る
ラッカー塗装の特徴の一つが時間がたつウェザークラックと言う塗装の割れができることです。
ラッカーは一見完全にかたまったように見えて実は完全に硬化するまでに時間がかかります。
硬化するときは内部に含まれるシンナーが抜けていくため、徐々に塗装が縮み、最終的に割れます。これがウェザークラックです。アコギの世界ではヴィンテージギターのあかしとして珍重されているようです。
塗装の厚さと硬度が変わるためギターの音の変化も楽しめます。
ゴムとアセトンに弱い
ラッカーはセラックに比べると汗に強いです。
しかしながらラッカーにも弱点があります。それがゴム(石油系物質)とアセトンに弱いという点です。
ゴムに触れると化学反応を起こして溶けてしまいます。元々石油系の溶剤で溶かした塗料なので、石油系の物質に触れると溶けてしまいます。
これで怖いのがギタースタンドの滑り止め部分や一部のギター支持具です。一晩で溶けるらしいので絶対にゴムに触れたまま放置してはいけません。
また、シンナーやアセトンで溶けてしまうという特性もあります。アセトンで一番身近なのはマニキュアの除光液です。除光液がついた手でラッカー塗装のギターを触ったり、除光液をかけたりしてはいけません。
安いギターでよく使われるけど必ずしも悪い塗装ではないポリウレタン
安いギターをはじめとしてよく使われているのがポリウレタン塗装です。ただし、必ずしも安かろう悪かろうの塗装ではありません。
溶剤なしで硬化するので強い、けど塗り直しはできない
ポリウレタン塗装がセラックやラッカーと違うのは、溶剤なしで硬化するという点です。
2液型のポリウレタンと1液型のポリウレタンがあるのですが、どちらも化学反応によって硬化します。
セラックやラッカーは溶剤に溶かして、その溶剤が揮発することでかたまります。このため、再度溶剤とおなじようなものに触れると溶けます(ラッカーのゴムとか)。
これに対してポリウレタンは化学反応によって硬化するので一度硬化すると元に戻りません。
逆に言うと、溶剤で溶かして塗りなおすようなことはできません。このため、一度傷がつくと修復は難しく、塗装を削り落として再塗装するしかありません。
実は弾性があって柔らかい、だから強い
ポリウレタンというと丈夫なイメージがありますが、実は塗装面は弾力があり柔らかいという特性があります。
このため、木材の伸縮に対しても強く、長期間にわたって美しい塗装面を保持できます。
また、ラッカーのように徐々に硬化するのではなく化学反応で一気に硬化するため、ウェザークラックのような変化が起きません。
塗装の厚みは重ね塗りでコントロール可能
ポリウレタンとというと厚塗りというイメージがありますが、ポリウレタン塗装そのものは重ね塗りによって厚さをコントロールでき、極薄に仕上げることも可能です。
ホセ・ラミレスは上位の楽器でもウレタン塗装ですが、極薄に仕上げることで影響をおさえています。
硬化までの時間が短いので安く仕上げられる
ラッカーと同じくいきなり厚く仕上げると硬化不良を起こすため、ポリウレタンも塗り重ねる必要があります。しかしながら、硬化までの時間が速いためすぐに次を塗ることができ、結果的にコストは抑えられます。これが安いギターに使われる理由です。
ただ、安く仕上げようとすると1台にかける時間は短いほうがいいわけで、安いギターでは塗り重ねる回数を少なくするために一度に塗る厚さを厚くしているものと思われます。
日本独特?のカシュー
日本で大きなクラシックギターメーカーである河野製作所が採用していることからメジャーなのがカシュー塗装です。
あまり海外のギターでカシュー塗装を見たことがなく、日本独特なのかもしれません。
カシューナッツの殻から絞り出した油が原料の樹脂
「カシュー」というとカシューナッツを思い浮かべるかと思いますが、カシュー塗装はまさにカシューナッツが原料です。
カシューナッツは上の写真のようになるのですが、先っぽの部分がカシューナッツです。この殻の中に我々が食べるカシューナッツが入っています。
殻には油分が含まれていますが、この中の「カルダノール」と「カルドール」という樹脂が塗装の原料となります。
ちなみに、ナッツがついている黄色い部分も酒になったりジャムになったりで活用できるそうです。
特性が漆とほぼ同じ
このカシュー塗装、横文字の名前なのですが、特性が日本伝統の塗装である漆塗装とほぼ同じです。
見た目も漆に近く、ふっくらとながら透明感の高い感じの見た目に仕上がります。
漆よりも扱いやすい
それなのに漆で厄介なかぶれるという症状が起きず扱いやすい塗装になっています。
また、漆は乾燥も大変ですが、カシューは乾燥も時間はかかりますが漆に比べて簡単になっています。
耐久性が非常に高い
漆とほぼ同じというところから分かる通り、非常に耐久性が高いです。
漆は漆器として食器にも使われるくらい水分にも強く耐摩耗性も高い塗装ですが、カシューも同じということです。さらに薬品にも強く石油系の溶剤やゴムにも反応しないという特性を持っています。
また、漆以上に熱や日光にも強いそうです。熱やアルコールをあびても白濁しません。
塗装としても硬度が高くかつ弾力性が高いという特性があり、楽器の塗装としてもすぐれています。
私もカシュー塗装の楽器を使っていますが、毎日支持具のために吸盤を貼り付けてはがしてを繰り返してもまったく塗装に影響がありません。
木の触感を活かしたオイル塗装(オイルフィニッシュ)
最後は究極に薄い塗装であるオイル塗装(オイルフィニッシュ)です。
これまで紹介してきた塗装は木の表面に塗料の膜(被膜)を作るものです。このため、手で触っても木の触感を感じることはできず、塗料の膜を触ることになります。
これに対してオイル塗装は木材に油をしみこませる塗装になります。膜を作るわけではないので触ると木の凹凸がダイレクトに感じられます。
クラシックギターではケヴィン・アラムがこの塗装をよく使っています。
とにかく薄い
オイルフィニッシュの特徴はとにかく薄い点です。
木の表面に被膜を作ると振動を妨げるという意味ではオイルフィニッシュは最も振動を妨げない塗装であるといえるかと思います。
とにかく弱い
一方、その薄さがゆえに塗装としての保護力は最弱です。
耐摩耗性もほとんどないため容易に塗装が剥げてしまいますし、被膜がないのでどこかにぶつけたら簡単に木部に傷が入ります。
湿度を遮断する能力もないので湿度管理にも気を使います。特にネックが保護されていないので反りやすいこともあるようです。
木の感触を楽しむことができる
一方、木そのものの感触を楽しめることから、触っていて弾いていて親しみがわくギターになります。
弱さも含めて愛着がわくギターになるのではないでしょうか。
それぞれの特性に合ったメンテナンスが必要
このようにそれぞれの塗装にはそれぞれの特徴があり、それに合ったメンテナンスが必要になります。
オイルフィニッシュ以外の塗装ではカルナバポリッシュを使っておくのが安心です。
塗装は見た目と扱いやすさを決める
このように様々な塗装がありそれぞれの特性があります。
ただ、ここで紹介したのは一般論であって、それぞれの楽器で塗装の厚さを含めいろいろ工夫しているのだと思います。
選ぶときには塗装第一で決める必要はないと思いますが、買った後は自分のギターの塗装の特性を知ってそれにあった扱いをしてあげるのが大事かと思います。